このページは、私達日本人夫妻が2011年にスイスのチューリッヒ州チューリッヒ市で出産した経験を記録したものです。外国語(日本語・英語)での情報が少ない中で、調べないといけないことや決断を迫られることが多くあったため、参考になればと記録に残しておきます。
もともと私達夫妻は日本に住んでおり、2011年3月に妻の妊娠が判明しました。出産予定日は2011年11月20日。それとほぼ同時に夫のチューリッヒオフィスへの1年間の出向が決まり、必然的に出産はチューリッヒで行うことになりました。日本にいる間は日本の産婦人科で妊婦健診を受け、スイス移動後に現地の産婦人科を探すことになります。
まず健康保険はスイス居住者全員が加入しないといけない必須保険と、それに加えて希望者だけ加入する追加保険があります。詳細は別記事を参照して下さい。
出産に関しては基本的なサービスは全て必須保険でカバーされ、また免責額も0です。ただし個室や二人部屋に入居したい、特定の医師を指名したいなどの要望がある場合には、追加保険に加入していないと自己負担額が大きくなります。
スイスの健康保険制度について述べてきましたが、実は私達はスイスの保険には加入していませんでした。私達は雇用主を通じてアメリカの保険会社が提供するグローバルな医療保険によってカバーされており、チューリッヒ州に「その保険はスイスの必須保険と同等、もしくはそれよりも補償が厚いので、強制保険への加入を免除する」という措置を講じてもらいました。
スイスでは、まずは開業医に診察を受け、必要であれば病院に行くという手順になります。いきなり大きな病院に行くことは出来ません。
病院と医師の関係も日本とは異なります。公立病院では病院に雇用されている勤務医がいますが、私立病院では医師は病院には直接雇用されておらず、開業医が必要に応じて病院の設備を利用する形になります。入院に際しては、まずその病院と契約している開業医の診察を受け、医師を通じて病院への外来・入院手続を取ります。病院での診察や手術の際は、その医師が病院に来て行います。
医療費の支払いは原則として請求書払いとなります。おそらく保険制度が複雑なためでしょう。スイスの保険会社が提供する医療保険に加入している場合には、医療機関から保険会社に直接請求がなされ、自己負担分のみ後から請求書が送られてくるようです。私達はスイスの保険には加入していないため、基本的に全額分の請求書が送られてきました(一旦個人で全額支払い後、保険会社に払戻請求をします)。
いずれにせよ、受診時には必ず保険に関して質問を受けるので、自分が加入している保険について説明すると共に、保険適用範囲を理解しておく必要があります。スイスの医療費は非常に高額なため、保険適用と思っていたが実は適用外だったとなると、泣くに泣けません。
スイスで出産する際には、次の専門家ならびに施設を個別に手配する必要があります。
産婦人科医
病院
小児科医
助産師 (Hebame)
産婦人科は妊婦検診ならびに出産、出産後の母体管理を担当します。また入院に際しては、その病院と提携している医師による紹介が必要なため、出産したい病院と提携している医師を選ぶ必要があります。
チューリッヒの現地語はドイツ語ですが、医師が英語を話す、あるいは英独通訳のできるスタッフが常駐していることが多いようです。
自宅出産も可能ですが、多くの場合は設備が整った病院での出産を選ぶことと思います。病院の選択に際しては、まず Allgemein で対応可能な公立病院にするか、あるいは Halb-Privat, Privat 保険が必要な私立病院とするか、次に設備や立地などを踏まえて具体的にどの病院にするかを決めることになります
病院では医師、看護婦は英語を話しますが、それ以外のスタッフはドイツ語のみの人も散見されます。また病院内の表示や、食事のオーダーシートなどは完全にドイツ語のみ。「水のボトルをください, Ich möchte eine Flasche Wasar, bitte」「患者用(訪問客使用禁止), Kein Besucher」「綿,Watte」ぐらいはドイツ語が分かると便利です。私は電子辞書 CASIO ex-word XD-B7100 にお世話になりました。
産婦人科医は母親の診察はしますが、生まれてきた子供は担当外です。出産後数日以内に小児科医の診察を受けるため、入院時に小児科医を決めておく必要があります。私は保険会社経由で探しましたが、病院に聞けば契約医を紹介してもらえます。
助産師のサービス内容は多岐にわたり、出産前の相談から、出産時の立ち会い、また出産後も保育や授乳の指導をしてくれます。退院後も何度か訪問しての指導を行います。私達の場合は出産前は基本的に病院で相談に乗ってもらい、出産後に助産師にお世話になりました。
実際にスイスに渡ってきてから出産までの流れを時系列に沿ってまとめます。
妊婦検診
日本を出発するまでは日本の産婦人科医で検診を受けていました。スイス行きが決まった時点で医師にその旨を伝え、最終回の検診後に、これまでの経過内容をまとめて英文の紹介状を書いてもらいました。
チューリッヒに到着後、すぐに保険会社を通じて現地の産婦人科医を探し、予約を入れてもらいました。初回の予約が8月12日の午前10時30分で、以後は2〜4週間毎に通っていました。
診療所は目立つ看板などを出しておらず、そうと知らないと気づかない門構え。医師は診察はドイツ語のみということで、毎回、看護婦の方が英独の通訳に入ってくれました。
検診の流れは毎回ほぼ同じで、次のような感じです。
看護師による検尿、血圧測定などの基礎検査
医師による膣内ウィルス検査(検体だけ採取し、検査機関に送付。結果は後日分かる)
医師による超音波検査
これに加えて、追加で血糖値の検査や血液検査が行われることもありました。
日本の産婦人科と比較すると待ち時間が全くなく、また医師と一対一で相談できる時間が長く取っているのが印象的でした。ただし高額。毎月4万円〜6万円程度の請求書が届きます。
病院選び
スイスでは前述のとおり公立病院と私立病院がありますが、最初から私立病院に絞って探しました。理由は次のとおりです。
現地語(ドイツ語)を話せない患者を扱うことに慣れている。
私達の保険会社が、いくつかの私立病院に対しては直接支払に対応している。病院からの請求は一旦全額を立替払いした後に保険会社に保険金請求をすることになっているが、対応している私立病院に関しては病院から保険会社に直接請求が行き、不足分のみこちらに請求が回ってくる。
同じ医師が続けて産前から産後まで担当する。
施設が快適。
Klinik Hirslanden という私立病院が定期的に開催している出産説明会に申し込み、医師と看護婦による一通りの説明を受けると共に、病室・分娩室の見学ツアーに参加しました。良い感触だったので Klinik Hirslanden で出産するつもりでしたが、その後で引越したため、最終的には Klinik Hirslanden と同系列で転居後の自宅に近い Klinik Im Park を選択しました。
ここで一つ問題が発生。妊婦検診を受けていた産婦人科医が Klinik Im Park の契約医ではなかったため、契約医を探す必要があります。医師に Klinik Im Park を選択した旨を伝えると、
臨月までは自分が引き続き検診を行う。
その後、その医師の知り合いで Klinik Im Park の契約医である別の先生に紹介状を書く。
以後の妊婦検診と、出産、産後直後の母体管理は Klinik Im Park の契約医に引き継ぐ。
と提案があり、それでお願いすることにしました。その場で看護婦の方が Klinik Im Park の契約医に連絡を取り予約を入れると共に、Klinik Im Park へも連絡が行くように手筈を整えてくれました。
入院準備
数日後に Klinik Im Park の入院課から、関連書類一式が郵送されてきました。いろいろ入っていましたが、重要なのは、新生児をチューリッヒに住民登録する際に必要となる書類を揃えることと、入院依頼書に記入して返送すること。
住民登録の書類は、両親ともスイス人の場合から始まり、EU 圏の国籍保有の場合、その他外国人の場合など様々なパターンについて記載がありました。さすがに病院側も手馴れた雰囲気。日本の親にお願いして戸籍全部事項証明書(戸籍謄本)を一通取り寄せ、日本大使館に郵送で法定翻訳を依頼しました。一週間程で返送されてきました。
入院依頼書には、医療保険について Allgemein (大部屋), Halb-Privat (二人部屋), Privat (個室) から選択するようになっていましたが、私達はスイスの保険には加入していないため、保険会社に連絡し、保険会社から Klinik Im Park に保険の支払条件を伝えてもらいました。私達の保険は Halb-Privat 扱いで医療費は保険会社から病院に直接支払い、ただし保険でカバーされない身の回りの用品などもあるため、入院前に1,000CHFを保証金として病院に支払い、退院後に精算して残金を返却とのこと。
合わせて、入院に必要となるモノ・サービスの手配を開始しました。
新生児の衣服や産褥期の用品は日本から持ってきたものもありますが、不足分を郊外店 (Pro Baby AG, Coop Bau + Hobby) で購入しました。チューリッヒ市街地にもベビー用品店はありますが、総じて店舗が小さく価格は高いです。たまたま Uster に用事があったため、その帰路にバスを使って Pro Baby AG, Coop Bau + Hobby に向かったのですが、郊外店だけあって公共交通機関でのアクセスは不便な場所でした。自動車が使えるなら、そのほうがお勧めです。ベビーカーは持ち帰るのが大変そうだったので通信販売 BabyJoe で注文したところ、3日で届きました。
また、外国語での意思疎通に不安がある妻のために、電話を使った通訳サービスを契約しました (JANあんしんサービス)。私と妻の2名を利用者として登録した場合、60USD/月の基本料金で1時間までの通訳サービス込、それ以降は日英通訳は2USD/分、専門的な医療通訳や日独通訳は3USD/分という料金体系です。
深夜に陣痛が来たため、事前に Klinik Im Park から伝えられていた連絡先に電話を入れて相談。陣痛の間隔などいくつか質疑応答があり、結果的に、すぐに病院に来るようにとのこと。タクシーを手配して病院に向かいました。
病院に到着した時点で妻は既に歩行困難ということで、車いすに乗せてもらい出産病棟へ移動。あとは基本的に病院側の指示通りに部屋を移動したりしつつ、最終的に数時間後に出産というスムーズな経過でした。出産には夫も立ち会い。出産終盤に産婦人科医が到着し、産後の処置。出産後は分娩室から産後病棟に移動。
産後病棟は二人部屋で、カーテンで仕切ることでプライバシーが保たれるようになっています。空間も十分に広くとってあり、妻だけでなく夫も食事を注文して、病室内で一緒に食べることが可能。なお Klinik Im Park だけかもしれませんが、毎食いくつかのメニューから選択可能で、病院とは思えない食事の美味しさでした。
出産後は、定期的に産婦人科医が病院を訪れて診察します。また病院側から、同時に小児科医と助産師を見つけて手配するようにとのこと。病院からリストを受け取り、電話やメールでコンタクトを取って依頼。依頼することが決まると医師・助産師が入院中の病院に訪問してくれて、小児科医は子供の診察、助産師は授乳の指導などを行います。
助産師から乳腺炎を防ぐために搾乳器のレンタルを勧められ、自宅近くの薬局で Medela という会社の電動搾乳器をレンタル。費用は返却後に請求書払いとのこと。
一週間ほどで退院。退院時には、産婦人科医と小児科医に次回診察の予約、助産師には次回自宅訪問の予約を入れておきます。
助産師の自宅訪問
退院して自宅に戻ると、助産師が定期的に自宅に訪問して母子の経過観察ならびに産後指導を行います。指導内容は沐浴、授乳のさせ方など。
最初は毎日の訪問、その後は隔日になり、最終的には10回程度来てくれたのではないでしょうか。助産師の人は数件を掛け持ちしており、また相手が赤ん坊ということもあり訪問時間は最終的には当日にならないと確定しません。帰る際に「次は明日の午後1時頃来ます」という感じで予約しておいて、当日 SMS で最終的に「今から向かいます」という連絡が来る感じでした。
産婦人科受診
出産後に縫合を行ったので、産後、歩けるようになってから産婦人科に訪れて経過観察と抜糸。特に問題ないということで、産婦人科に来るのはこれで最後。
小児科医受診
出産後は定期的に子供が小児科医に訪れて検診を受けます。体重と身長測定、視聴覚の検査、また産後数カ月後からは予防接種など。
出産費用精算
退院後一ヶ月ほどして、産婦人科医、病院、ならびに助産師から個別に請求に関する連絡がありました。産婦人科医の方は出産ならびに産後で約2,700CHF、病院は10,000CHF、助産師は900CHF程度。合わせて病院からは、保険でカバーされない出費(夫の食費など)についての300CHF程度かかったと連絡があり、保証金から差し引いた差額を銀行口座に振り込むとのこと。
医療サービスは基本的に保険でカバーされるので、自己負担額はほぼゼロでした。
出産に際して耳にした単語をまとめてみました。
英語
gynecologist & obstetrician: 産婦人科医
pediatrician: 小児科医
midwife: 助産師
prenatal checkup: 出産前検診
ultrasonography: 超音波検査
microscopic examination: 顕微鏡検査
blood suger: 血糖
uterus: 子宮
urine: 小便
vagina: 膣
admission: 入院
discharge: 退院
delivery: 出産
labor pains: 陣痛
break the waters: 破水する
delivery room: 分娩室
postnatal room: 出産後病室
faint: (出血などにより) 意識を失う
blood pressure: 血圧
stitch (the wound): (傷口を) 縫合する
antibacterial: 抗菌物質
painkiller: 痛み止め
iron: 鉄分
allergy: アレルギー
bottle milk: 哺乳瓶でのミルク
breast feeding: 母乳での授乳
cylinder: 注射器 (針の代わりにプラスチックの口をつけ、授乳に使う)
nipple: 乳首
suck: (乳を) 吸う
stroller: ベビーカー
icterus: 黄疸
dried skin: 乾燥肌
nappy: おむつ
spot: 斑点 (赤ん坊の皮膚に赤い斑点が出ることがあるが、それを red spot と呼んでいた)
pee: (俗) おしっこ
pooh: (幼) うんち
stool: (医) 大便
ドイツ語
Frühstück: (n) 朝食
Mittagessen: (n) 昼食
Abendessen: (n) 夕食
Orangensaft: (m) オレンジジュース
Frucht: (f) 果物
Käse: (m) チーズ
Suppe: (f) スープ
Salat: (m) サラダ
schwarzer Tee: (m) 紅茶
grüner Tee: (m) 緑茶
Kaffe: (m): コーヒー
Zucker: (m) 砂糖
Wasser: (n) 水
möchten: 欲しい
gehen: 行く
kommen: 来る
Versicherung: (f) 保険
Hebame: (f) 助産師
Gelbsucht: (f) 黄疸
Kinderwagen: (m) ベビーカー
Knabe: (m) 男の子
Mädchen: (n) 女の子
Besucher: (m) 見舞客
Patient: (n) 入院患者
Milch: (n) ミルク
schlafen: 眠る
säugen: 授乳する
Piss: (m) (俗)小便
Stuhl: (m) 便通
Vater: (m) 父
Mutter: (f) 母
Vorname: (m) (姓に対する) 名
Name: (m) 姓
verheiratet: 既婚
Geburtstag: (m) 誕生日
PLZ: 郵便番号
Ort: (m) 場所 (市区町村の記入欄に書いてある)
スイス国内で生まれた日本人は、一定期間内に滞在許可を取得する必要があります。
スイス側の手続きは、随時、病院や役所から手紙で指示が来るので、それに従って行動してれば OK です。日本側の手続きは海外在住だと時間がかかるため、国内に親などがいる場合には協力してもらいつつ、先回りして必要な手続きを進めることが望ましいです。
入院時に、病院にチューリッヒの出生届(子供の名前などを書いた書類)、戸籍全部事項証明とその翻訳、ならびにパスポートのコピーを提出。出産後に病院から市に提出してくれる。
チューリッヒ市戸籍課 (Zivilstandswesen) から出生届の内容に関する確認書が送られてくる。記載内容に間違いがなければ、両親が署名の上で返送。
チューリッヒ市戸籍課から出生証明書 (Geburtsunkunde) が送付されてくる。
日本の出生届を記入し、出生証明書を添えて日本大使館もしくは本籍地の区役所・市役所に提出。出生届受理証明書を発行してもらうと共に、役所で子供の戸籍作成開始。ちなみに大使館経由だと2ヶ月程度、直接だと2時間〜数日程度で戸籍ができる。
子供の戸籍が作成されたら、本籍地の役所から戸籍全部事項証明書(戸籍謄本)を入手する。役所に郵送で依頼するか、もしくは日本にいる親類などに取得してもらい、海外現住所宛てに転送してもらう。450円。
私は出生後1ヶ月弱で日本に出張する機会があったので、その際に本籍地の役所に出向き、自分で手続きを行いました。記入した出生届を出生証明書の原本ならびに日本語訳と合わせて提出。戸籍作成は即日で終わり、手続き後 30 分程度で戸籍全部事項証明書を発行してもらえました。出生証明書の原本はその後も別の手続きで使用する可能性があるためコピーを取って返却してもらい、また出生証明書の日本語訳は自分で作成したものを持って行きました。
戸籍全部事項証明書、ならびに子供のパスポート写真1通を持ってベルンの在スイス日本大使館に行き、子供のパスポートを申請する。申請時は親だけで OK です。
子供と共に在スイス日本大使館に行き、パスポートを受領する。受け取りには子供本人も立ち会う必要があります。CHF 71
子供のパスポートと親の在留許可書 (Aufenthaltstitel) を持ち、居住している区の役所 (Kreisbüro) へ行って住民登録を行う。区役所の窓口で手続きを行うと同時に、チューリッヒ州移民局 (Migrationsamt des Kantons Zürich) の予約を入れてくれる。CHF 87
子供のパスポートを持参の上、子供と共にチューリッヒ州移民局へ行き、番号札を引いて待つ(予約制なので待ち時間は数分程度)。写真ブースに入り子供の顔写真を撮影。普通は座って撮影ですが、小さな子供用にベッドに変形する写真ブースあり。子供は横になった状態で撮影できる。
チューリッヒ州移民局から、クレジットカードサイズの滞在許可書が郵送されてくる。
この後、本来であればスイスの社会保障関連の手続きが必要となります。私の場合は、日本法人に雇用された状態でスイス現地法人に海外赴任されており、日本の社会保険制度+会社が提供する海外赴任者向けの医療保険という組み合わせでカバーされていたため、スイス側の手続きはほぼ不要でした。